無いものねだりをした結果たくさんの墓標ができてしまった・・地方に住んでいると本当に大切なことが分からなくなってしまうのだろうか

Ya1229

一期目となる選挙戦時に彼は言い放った。「このままでは由利本荘市は夕張になる」。この言葉が有権者の心をつかみ相手候補を破り当選した。

当時、市は、特例債を使った大型事業を次々と模索、実行をしている最中だった。これら一連の事業に対し、市財政への危機感を喚起するために有権者へと訴えた言葉が賛同され当選した。

だが、当選後、公約を反故にし、夕張市を彷彿させるかのごとくハコモノ事業に邁進した。役所に取り込まれたということか。結局、市の地場産業は公共事業という構図が変わることは無かった。

現在、推進中の大型事業は体育館建設である。既に市には大きな体育館がある。既存体育館に問題があるとは考えにくい。古いわけでもなく狭いわけでもなく、機能が見劣りするわけでもない。でも、新規建設を強行した。後世に名を残したいということか。総事業費は80億円を超える事業である。竣工後の年間維持費は2億円を超える試算が出ている。人口は8万人にも満たない。高齢者の割合も3割を超えている。識者ならこの市に二つ目の新規建設は不要だと判断すると考える。それとも、不要であるという考えが異端なのか。

年間利用者数はのべ15万人程度を想定しているそうだ。巨額の費用をかけている割には15万人だけだとは。

体育館を強調すると弊害があると考えたのか、施工前のある時から防災公園アリーナという呼び方をしている。防災という言葉が免罪符らしい。

本気で新体育館ができれば市民の暮らしぶりが良くなると考えているのか。それよりも年間2億円以上という維持費が重く市民にのしかかり、必要な事業が削られる可能性を心配ないのか。

新体育館建設よりも将来、市民の負担が増えないことを目指すべく行政の効率化が優先と発想できないのか。

市民が効率良く快適に日常を過ごせるようにと、何を改善すべきなのか、その答えはハコモノの構築ではないと考えてはくれないのか。

過剰なハコモノ投資より、路肩が崩れていたり、迷路のようになっている生活道路を改修すれば、通勤のストレスを解消でき、通学中の子どもたちの安全確保にもつながると思わないのか。

また、学校の老朽化した設備の買い替えや改修をし、子どもたちがより快適に学習できることの方が大事だとは考えられないのだろうか。

体育館建設の前には、旧市街地の再構築、ケーブルTV網の構築、大型文化複合施設の建設、橋梁の建設、消防署の建設、伝承館の建設を実行してきた。老朽化により更新が必要だったとしても、建設費用、維持費用、投資回収、合理性の考慮無しに建造している。ニーズよりも規模だけを追いかけた事業としか思えない。

シンボルタワーになるような橋梁を造るのであれば、予算を分割にして川を渡ることができる場所増やした方が、より住民のためになると考えるべきではなかったのか。

田舎に、都会化を目指したハコモノを造れば造るだけ、人が流出してしまうということに気付いてほしかった。

市が誕生した時に9万人近くいた市民は今や7万8千人台である。人口減少率は県内の各市町村と比べても高い。地域の活性化を謳い文句にハコモノを完工した結果である。ハコモノ事業が人口減少の役には立たないことはこの数字で証明されている。でも、反省の弁はない。それよりもできたハコモノを自慢している。さらに、人口減少阻止にはまだ施設が足りないと考えている。次は新市役所の建造でもと・・

人口の減少は優秀な人材がいなくなり、地域の教育水準が低下することにもつながる。それを肌で感じている子育て世代は隣接する秋田市へ引っ越していると聞く。

人が流出し続ければ地域がどうなるのか、そんなことは分かっているはず。進むべき道を誤った市に繁栄という未来はない・・新たに誕生する墓標を見つめながら考えた結論である。

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白銀の田んぼ

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気が付けばもう12月・・本格的な冬の到来です。

雪の合間の日差しが降り注ぐ田んぼの風景・・これをゆっくりと楽しむ暇も無く、あくせくと毎日忙しく、生きていくためには働かなければならないのですが、働けど働けど収入が増えるわけでもなく、収めなければならない税金や社会保険料が急速に増え続けており、雪国における暮らしぶりは益々やっかいなもに変わって行くのです。

田畑が身近にある通り、秋田はもともと一次産業が盛んな地域です。でもって、行政は一次産業だけでは地域が活性化しないと言い六次産業化の推進を行っています。
でも、交付される補助金で造られるのはカラオケの施設・・これじゃあ、より豪華なカラオケの施設があり仕事も見つかりやすい都会へと人が出て行くのも無理は無いわけですね(笑)。

役所が地方創生や地域活性化を謳い税金をつぎ込む政策を行えば行うだけ人の流出が止まらなり、かえって過疎化が進むという話があるのですが、無駄なハコモノや結果を問わない事業に納めた税金が使われ、出来てしまった巨大で豪華なハコモノの維持にさらに税金が使われ、必要不可欠であり日々の生活に密着したことに税金が回らなくなる。なので、より生活がし辛くなると見越した若者が高校を卒業を最後に、二度と戻ってくるものかと決意することに納得するしだいです。

妙なハコモノを造るぐらいなら、地域を元気にするためにスポーツにと力を入れているのだから、J2の要件を満たせる球技場にすべく既存の施設の改修をした方が有意義かなと・・悲願のJ3優勝を果たしたサッカーチームのニュースを見ながらそう思うのです。そうはならないのは、新規の建設でなければ利権のうまみがないと、役人の建設族議員への忖度が働いているのかなと(笑)

そうそう、活性化のためのハコモノ事業といえば、「あきたタニタ食堂」・・来年の三月を以って勇気ある撤退だとか。秋田県人の口にはおよそ合わない健康的な食事を提供する施設なので、せいぜい一年持てばと、食堂ができた当初にそう思っていたのですが、三年以上持ったということはがんばって企業努力していたんだなあと今更ながら感心します。
タニタ食堂が撤退した後は一層のこと、「あきたしょっぱいもの食堂」を開業してはと思うのです。秋田県人はドンだけしょっぱいものが好きで、日々このようなものを食べているんだと健康には縁の遠いメニューを提供したほうが全国から注目してもらえるのではと。

さて、今年の漢字は「偽」かなと・・企業のデータ改ざんや嘘の証言があふれている日本の社会を見て、個人的な予想をしているのですが、秋田も今年、知事の偽りで騒ぎが起きました。殿様の血を引く知事・・さすが厚顔無恥・・平気な顔をして未だ知事を続けています。これから大雨になるという予報がメディアで盛んに言われていた中、県職員を引き連れ大好きなゴルフへお出かけ、記者会見では嘘を交えた見苦しい言い訳ばかり、自分が公僕ではなく殿様だと思っている証拠かなと考えるわけです。まあこのような行政に日々接している見識のある若者は「もっと秋田が嫌いになる」ことでしょう。

地方の活性化はここに住み続けたいと思う人々が知恵と勇気を出して協力し合い、活動をすれば良い訳で、増税につながる国からの交付金目当ての事業は止めてほしいと願うのです。

行政が行っている迷惑な事業、役人への手厚い保護を止めれば増税どころか、消費税も撤廃できるのではと、最近毎日流れている増税案のニュースを聞いて、そう思っているしだいです。

そういえば・・季節ハタハタの接岸が遅れているとか・・ハタハタの漁獲量も年々減る一方で、秋田は神の魚であるハタハタにも見放されたということだろうか。それとも木造船にしてやられたか。

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頭上注意

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片田舎の野球場に立派なナイター設備が本当に必要だったのだろうか?ナイターで行わなければならない試合がこの地域に数多くある思えないのだが・・

結局、造るのは行け行けどんどんだが、興行収入が十分に得られないため、維持費用分すら回収できずこのような立て看板が設けられることになる。典型的な地方の公共事業にある様です。

この事例は注意喚起ではなく、抜本的な対策は難しくないはずだが、落石注意と同じ次元での取り扱いが役所らしいところである。

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菜の花畑

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桃野の台地にある菜の花畑、何年か振りに足を運んでみた。

見慣れてしまうと更なる規模を求めてしまうためか、その昔初めて見たときのような感動を覚えることは無かった。

菜の花が開花している期間中の集客数はそれなりにあるようだ。で、地元への経済効果は当初の見込んでいた規模に達しているのだろうか?

人を呼ぶイベントを仕掛けることには躍起になるのだが、季節に関係なく地元にお金を落としてもらうシステム作りには熱心ではないように思える。真の経済効果は地元で循環するお金をどう引き寄せるかという気がするのだが・・

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いつもの風景を見ながら

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鳥海山を背景とした田植えの季節になると現れるこの光景、でもいつの頃からか田園地帯に行けばどこでも見られるわけではなく、水が張られている場所を探す必要があるというのが今の状況である。

稲の作付面積が年々減少しているのは、日本の人口減少、高齢化、少子化を考えるとごく当然である。その昔、余剰面積になるのが分かっていても干拓事業が続けられていたことも拍車をかけているのだろう。

人口減少と言えば、平成の大合併で誕生したここ由利本荘市に住む人々も随分と少なくなったと感じる。合併当初は9万人近くだった人口も今や8万人割れに秒読みの状態である。
合併直後に策定された市の総合計画では人口減少を食い止め8万6千人台で推移させるとして、そのためには大型の公共事業の集中投下が必要だと言い、合併特例債と言う名の血税をつぎ込み次々と事業を推進したが、結果人口減少の歯止めにはならず血税を散財しただけとなった。しかも造られてしまった墓標は維持せねばならず、これにも血税が散財されるかと思うと頭が痛い限りである。

合併時に策定した事業は完了したということで、市は昨年新たな総合計画を策定し現在それを実行中である。中身を見ると過去の事業を反省した様子はなく、言葉を据え換えただけの事業が羅列されいる。
約10年後の人口を7万2千人以上に維持するとしているが、対策として行う事業、その本質は変わっていないので失敗に終わるだろう。一番理解しがたいのが大型の公共施設を新たに造っても単なる墓標になるだけと分かっていながら、現在、巨大アリーナを建設を実行していることである。

これだけ人口が少なくなった市に、5千人の観客が収容可能と銘打つ施設の建設は滑稽である。大きなアリーナが市に無いのなら分かるが既にあるのだからなおのこと滑稽に思えるのである。
建設後は施設の利用料や興行収入で維持すべきであるが、血税を投入せずに維持していけると計算されているとは思えないので、やはりこの施設も血税で墓標維持の対象になるに違いない。
高額な維持費がさらに発生するといこと、住み易さを強調するために行っている事業が地元に住む人々の税負担につながるため、むしろ住みにくくなるということにつながると考えないのだろうか。

市もこのような突込みを想定したのか、着工前にはいつの間にかアリーナを強調せず災害対策の拠点と位置付けるようになった。人口が減っているだから避難場所としてさらに大きなスペースが必要というのは理解しがたい。
災害があると話題となることであるが、一つの施設に避難する人が多くなるほど、インフルエンザ、ノロウイルスなど感染症の対策に頭を悩ますことになるなど弊害もあるということは考えているのだろうか。

アリーナの建設は建設地域の人たちが切願したそうであるが、なぜ市の行政はいつも少数意見を拾い上げて事業を行うことを優先するのだろうと思ってしまう。
市はこの国が議会制民主主義で行政を執行するということを忘れてしまっているだろうか?それとも市が考えているのは行政に少数意見を取り入れることが平等な社会作りになるということか。
話がそれるが、そう思うと世の中平等ではないという肝心なことを義務教育で教えてこなかったことが、このような事態を招いていると考えたくなる。

行政が頑張って血税を投入しこれまでと同じ意味合いの事業を実行したところで人口減少は止まらない。世の中便利になり人の流動性が高まったのだからもう解決できない難題になったことを認識するべきである。
生まれた人がその地域で生涯を送るというのは義務ではない。自分が活躍する場所、住み易い場所を求め移動するのは当然である。事実、秋田県出身で活躍している著名な方々の殆どは県外に住居を構えているではないか。

本来人がそこに住むと言うのは、住む人が何らかの理由があり決断することであり、行政がとやかく言って事業を行い人を誘い込むものではないと考える。住みたい人が住み、住んでいる人々が協調しあって住み易い環境を整えることが自然であり、その方が行政主導よりも魅力のある街が生まれると考える。
我々住民も行政に都会並みの施設をおねだりすることにより血税が投入され自らの首を絞めていと認識すべきである。魅力ある街は住民の手でしか生み出すことができない。

春を向かえそう思う今日この頃です。

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